ミトコンドリアの中には、愛しか詰まってないんじゃないかって。

あんまり真面目なことは書けないのですが
解剖学っていうことについて、生理学っていうことについて、何度でも書いてみたいなーと思います。

解剖学や生理学といえば・・・

第一印象。
難しそう。いや、難しいに決まってる。
だって、お医者さんとか看護師さんとか、医療従事者の方が勉強する、アレでしょ?
です。

でも今、本屋さんに行ってみると、
医学書のコーナーじゃなくて、いわゆる美容とか健康法のコーナーに
マンガのようなイラストで、カラフルでポップな専門書
・・・かと思ったら一般の人向けだった!!みたいな書籍が置いてあったりするんですよね。

今までは、自分のことを誰かに預けてた

気軽に、廉価で(医学に限らず専門書って本当にお高い…)
解剖学や生理学の本が増えて、勉強できる環境ができてきたのって、
きっと、わたしたちの意識が変わったから、なんですよね。

ここ数十年で、医療はものすごいスピードで進歩をして
精密な検査とか、より詳細な画像診断もできるようになって
いいのか悪いのか、さまざまな症状も、症例数も増えてきた。

そうすると、お医者さんや研究者のみなさんの力によって
どこで何が起きてるのか、ということが具体的に緻密に分かるようになって。

そうすると、対処療法じゃない根本治療ができたり、
その症状のスピードを緩めることができたり、そんなことまでできるようになってくる。

それだけじゃなくって、このインターネットが当たり前の世界になったことで
わたしたち治療を受ける側も変化が起きてきて、
今までは「はい!先生がそうおっしゃるなら」って、全てを主治医の先生に任せていたものが
セカンドオピニオンを選択できたり、
先生方も、より詳しく説明をしてくださったり、
わたしたちの希望や意志をしっかりと確認してくださったりするようにもなりましたよね~

受け身から、自分ごととして決断する時代に

そんな風に、医療の進歩もすごくて
お医者さんとわたしたちの関係性も変わってきて
家族なのか友人なのか、自分のことなのか、
きっかけはさておき、『からだのこと』に関心をもつようになるのって
ごくごく自然の流れだったんじゃないかな、と思います。

今だって、お医者さんのことを信じていないわけじゃなくて
何となくわからなかったから受け身になってしまっていたところから
「あ!からだのことって、自分のことなんだ!!」
っていうことに気づいて、
「だったらちゃんと知りたいし、自分で決断できるようになりたい」
と思うのも当然のこと
です。

そこであらためて原点に戻ってみる

今って、どんどん人体のことが広く深く研究されて
ノーベル生理・医学賞でも毎年のように日本の先生方が受賞されたりして、
細胞とか分子とか、そんなレベルの話が普通になってきました。

だからきっと、解剖学も生理学も、
どれだけでも難しくなっていくだろうし、どれだけでもマニアックになっていくし
そんなハナシもざっくりとは知っておきたいなーと、
まぁ、こうして教える立場に居るから、ちょっとは思ったりするわけです。

でもね。
そもそも、わたしたちのからだが
「どこでどうなっているからこのスタイルになっているのか」
「なにがどう動いているから生きているのか」

というところに、原点のような部分から大きな視点で見てみると

なんだろうなー
学問なんだけど、そのひとつの括りでは到底説明ができないような神秘的な感覚になったり
その精密さと、相反する寛大さに驚いてみたり
なんだかんだあるんだけど、やっぱり「生きる」ことに対してとってもうまくできていることに感動したり
老若男女、すべての命が本当に愛おしくて、愛が詰まっているんだなぁって。

(ミトコンドリアの構成成分は愛なんじゃないかって。笑)そんな感覚になるわけですよ。

だから、やっぱり。
このとてつもなく面白くて感動的な「わたしのこと」に
触れ続けていくのみなのです。

そして、その触れる愉しさを、
できるだけ広く、たくさんの仲間と共有できたらなーと
何時でも、そう思っています。