みんなが【健康】になりたすぎる今こそ、健康の定義って何か考えてみる

健康 (けんこう、英: health)とは何でしょうね。

健康 (けんこう、英: health)とは、心身がすこやかな状態であること

健康-wikipedia

Wikipediaの「健康」の定義はコレ↑です。
健康って、とってもシンプルで優しい状態なんです。そのはずなんです。

そのはず…なのですが、以前健康について書かれたツイートがリツイート数をぐんぐん伸ばしていたそうで。

RT後のそれぞれの反応を拝見すると、多くの人にどこかが刺さっていて、本当の健康について思いだすきっかけになっている感じがします。

「健康」とか「元気」って、言葉が走りすぎてしまっているような気がするので、健康の定義についてちょっと考えてみたいと思います。

WHO(世界保健機関)の健康の定義

WHO(世界保健機関)* では、いろいろな取り組みをするにあたって、健康の定義を以下のように決めています。
*人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関(国際連合機関)

WHO憲章では、その前文の中で「健康」について、次のように定義しています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

日本WHO協会 健康の定義について

つまり、病気であるかどうかではなく、身も心も社会的にも満たされているというのが健康なのです。

これって、「何をもってすこやかだと感じるか」「何をもって満たされていると感じるか」といった、それぞれの感覚に左右される定義ですね。

だから、その感覚が鈍っていたり、刺激を求めすぎたりしていたら、あっという間に健康への意味合いが変わってきてしまう、ということでもあります。

1998年に提案された新しい健康の定義「スピリチュアル」

そして、からだの先生でもありセラピストでもありヒーラーでもあるわたしが注目したのが、1998年に提案された新しい健康の定義なのです。

この定義によって、WHOでは、医療に限定されず幅広い分野で、人々の健全で安心安全な生活を確保するための取り組みが行われています。
この憲章の健康定義について、1998年に新しい提案がなされたことがあるということはご存知でしょうか。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
静的に固定した状態ではないということを示すdynamic は、健康と疾病は別個のものではなく連続したものであるという意味付けから、
また、spiritualは、人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために必要で本質的なものだという観点から、字句を付加することが提案されたのだと言われています。
この提案は、WHO執行理事会で総会提案とすることが賛成22反対0棄権8で採択され、そのことが大きく報道されました。
そのため、健康定義は改正されたと誤解している人も多いのですが、その後のWHO総会では、現行の健康定義は適切に機能しており審議の緊急性が他案件に比べて低いなどの理由で、審議入りしないまま採択も見送りとなり、そのままとなっています。

-日本WHO協会 健康の定義について

つまり、こころもからだもあたまも、さらには言葉でうまく表現できないよう精神的な部分も、まるっとひとつなんだよ、ということです。

そして、「ここからが健康!」「ここからが病気!」ときっちり線引きをすることを追い求めるのではなく、あなた自身が感じるすこやかさ、心地よさ、喜びや安堵、っていうのを遠慮なく求めていけばいいんだよ、ってこと。

緊急性は高くないということで、実際の定義に「スピリチュアル」という文面が盛り込まれる段までは来ていないようですが、このような提案がなされたこと自体は興味深いですよね。

健康は、ブームになるものじゃない

「あなた自身が感じるすこやかさ、心地よさ、喜びや安堵、っていうのを遠慮なく求めていく」のが健康って定義されるとしたら、健康ってブームになるものではないはずですよね。

何かと「健康ブーム」がやってきて、振り回されて、テンションあげて追い求める、みたいになっていますが、
ブームはいつか去ります。
一時的に熱狂して、ハマって、ある日突然、もっと魅力的なものに心変わりして忘れていく。健康ってそれでいいものなの?

ストレスの多い社会の中で、今までにない形で心や身体を崩すことが増えているのも確かで。実際にわたし自身も、自律神経を乱したり、躁鬱になったり、ついには身体がボンッ!と悲鳴をあげたりしました。(反省…ごめんねわたし…)

そんな流れからの「健康を取り戻す」とは別に、健康を追い求めるあまり、たくさんの健康が損なわれて、健康になりたい病が増えすぎているなというのは、お仕事をしながら年々日々感じています。

あれがいいこれはダメって、いろんなところから情報をつまんできて、頭や心で一旦停止せずにそのまんま口で言うのは簡単なことです。
でも、「これ食べるといいらしい」とか「これはダメらしい」とか、そういう情報に振り回されるあまり、日々の生活や人間関係を押し潰したりすり潰すようじゃ意味がない。ですよね。

「健康でいたい病」になっていないかな

そして「健康になりたい病」があれば、「健康でいたい病」もあります(笑)

病気ではない、疾患がない、ことにこだわりすぎて、毎日の中で至る所にある小さな嬉しさ、愉しみ、喜びが見えなくなって、「健康でいたい病」=「病気がないことが一番だ病」になっていませんか?

もちろん、「病気になっていい」「病気になった方がいい」という話ではありません。

でも、健康とか病気とか、歳をとったらどうだとか、そんなことちっとも思い出さないくらい愉しい毎日、っていうのもあるんですよね。

こころも、からだも、あたまも、さらに言うなら人とのさまざまな繋がりも、これだ!!というものを見つけて必死に固持することが健康、というわけじゃないんですよ。

「元気」という言葉も「気」が「元の場所におさまってる(心地いい~♡)」ということ。

収まる肉体だって日々変化するのだから、気そのものも、テンションアップ=元気、ではないということなのです。

周りが見えなくなったり、無意識に日常をないがしろにしてしまったり、すぐそばに居る大切な人を大切にできなくなるくらい追い求めるのは、本当の健康じゃない。
です、よね?

この1ヶ月くらい、あちらこちらで今まで見聞きもしなかったような話を聞いたりして、改めてそんなことを考える春のはじまり、になりました。